カナル型(耳栓型)イヤホンの高解像度なサウンドが市場を席巻する昨今、かつての主流であったイントラコンカ型(インナーイヤー型)が持つ、あの自然で開放的な鳴り方が見直されつつあります。
耳を完全に塞がないことによる快適さと、スピーカーで聴いているかのような音の広がりは、カナル型とは全く異なる魅力を持っています。
今回ご紹介するのは、木製ハウジングの扱いに長けたオーディオブランド、Sivga(シヴガ)が送り出す最新のイントラコンカ型イヤホン「M300」です。
私自身、Sivgaの先行モデル「M200」を初めて聴いたした際、その音響的なポテンシャルの高さに感心していました。
しかし、正直に言えば、その優れた音質とは裏腹に、デザイン面では「もう一歩、洗練さが欲しい」と感じていたのも事実です。
そのSivgaが、ブランドのアイデンティティである「木材の美しさ」をデザインに昇華させ、「M200」の弱点を完全に克服したモデルとして投入してきたのが、この「M300」です。
イントラコンカ型に初めて触れる方の入門機として、また、このジャンルを知り尽くしたベテランの新たな選択肢として、「M300」はどれほどの価値を持つのか。
そのデザイン、音質、そして私の具体的な体験を交えて、徹底的にレビューしていきます。
- Sivga 「M300」とは? – デザインと背景
- Sivga 「M300」の音質徹底レビュー – 15.4mmドライバーの実力
- Sivga 「M300」を使いこなすためのヒント
- 私の体験談レビュー – 「M300」と過ごした音楽時間
- Sivga 「M300」に関するQ&A
- スマホ直挿しでも使えますか?
- iPhoneやAndroidで高音質で聴く方法は?
- 音漏れはしますか?
- 付属のイヤーパッド(スポンジ)は使った方がいいですか?
- ケーブルが交換できない(リケーブル不可)ですが、大丈夫ですか?
- 寝ホン(寝ながらイヤホン)として使えますか?
- どんな音楽ジャンルに一番向いていますか?
- 15.4mmドライバーは大きいですが、耳が小さくても装着できますか?
- 前モデルの「M200」との一番の違いは何ですか?
- ケーブルのタッチノイズ(服と擦れる音)は気になりますか?
- ケーブルを耳にかける「シュア掛け」はできますか?
- カナル型イヤホンと比べて、一番優れている点は何ですか?
- ハイレゾ音源(高音質音源)で聴く意味はありますか?
- Sivga 「M300」レビューのまとめと総合評価
Sivga 「M300」とは? – デザインと背景

「M300」の実力を知る前に、まずはこのイヤホンがどのような製品なのか、その基本スペックと、Sivgaというブランドのこだわりを深く掘り下げていきましょう。
まずは「M300」の基本的な仕様を表で確認してください。
この表のインピーダンス 64Ωという数値が、後ほど非常に重要なポイントとなります。
Sivga M300 主要スペック
| 項目 | 仕様 | 注目ポイント |
| ドライバー | 15.4mm ダイナミックドライバー | イントラコンカ型としては最大級のサイズ |
| 振動板 | グラフェンコート | 高剛性・軽量素材。音のレスポンス向上に寄与 |
| 再生周波数帯域 | 20Hz – 40kHz | ハイファイ基準を満たす広帯域 |
| インピーダンス | 64Ω ± 15% | イヤホンとしては非常に高い。(重要) |
| 感度 | 109dB ± 3dB | 標準的な感度 |
| ハウジング素材 | アフリカ産ブラックエボニー(黒檀) | 高級木材。音響特性と美観を両立 |
| フレーム素材 | 航空機グレード・アルミニウム合金 | CNC精密加工。高剛性と軽量化 |
| ケーブル | 銀メッキ無酸素銅 (OFC) | リケーブル不可の一体型 |
| プラグ | 3.5mm ステレオミニ |
Sivgaブランドの哲学と木材への情熱
Sivgaは2016年に設立された中国・東莞市に拠点を置くオーディオブランドです。
彼らの名を一躍有名にしたのは、イヤホンよりもむしろ「ヘッドホン」でした。
「Phoenix」や「Robin」といったモデルで、Sivgaは一貫して「天然木」をハウジングの主要素材として採用してきました。
彼らの哲学は「本物の自然な音を再現する」こと。そのために、プラスチックや金属だけではなし得ない、木材特有の音響特性(不要な振動の抑制、温かみのある響きの付加)に着目しました。
Sivgaの強みは、その木材加工技術と音響設計のノウハウを、設計から製造まで自社で一貫して行える体制にあります。
木材は天然素材ゆえに、一つ一つの密度や木目が異なり、加工には高い技術と知見が求められます。
Sivgaは、その難しい素材を自社で完全にコントロール下に置くことで、安定した品質と、ブランドの「顔」となる美しいデザインを生み出しているのです。
「M200」からの進化点:デザインの洗練
「M300」を語る上で、前作「M200」の存在は欠かせません。
「M200」は、15.4mmの大口径ドライバーを搭載し、その音質はイントラコンカ型の中でも高く評価されていました。しかし、デザインはどうだったか。
率直に言って、「M200」のデザインは2010年代のガジェット感が漂う、やや無骨なものでした。
音は良いのに、その「Sivgaらしさ」であるはずの木材の魅力が十分に活かされておらず、むしろプラスチッキーな印象さえ受ける部分もありました。
「M300」は、その「M200」の「音響的な資産」を受け継ぎながら、デザイン面での「負債」を完全に清算し、莫大な「資産」へと変貌させました。
- 「惜しかった」M200:
- 音は良いが、外観がその音の良さを物語っていなかった。
- マイク付きモデルのみのラインナップなど、ややターゲット層が不明瞭な部分も。
- Sivgaの強みである「木材の高級感」が不足していた。
- 「洗練された」M300:
- デザインの主役: ブランドのアイデンティティである「木材(黒檀)」をデザインの主役に据えた。
- 異素材の融合: 黒檀と、対照的な輝きを持つ「金属(アルミ合金)」を組み合わせることで、圧倒的な高級感を演出。
- ターゲットの明確化: マニアックな64Ωという仕様、マイクレスのピュアオーディオ仕様。明らかに「音にこだわる層」にターゲットを絞ってきた。
「M200」が「技術者のためのイヤホン」だったとすれば、「M300」は「ユーザー(聴き手)のためのイヤホン」へと、見事な変貌を遂げたのです。
工芸品レベルのビルドクオリティ:黒檀と金属の融合
「M300」を初めて手に取ったとき、多くの人が「美しい…」と息をのむはずです。
これはもはやオーディオ機器であると同時に、「工芸品」と呼ぶにふさわしい領域に達しています。
- ハウジング:
アフリカ産ブラックエボニー(黒檀)黒檀は、非常に硬質で密度が高いことで知られる高級木材です。
ピアノの黒鍵や高級家具、仏壇などにも使われることからも、その価値が伺えます。
音響的には、その高密度と硬さが不要な振動を効果的に抑制し、音の濁りを抑え、クリアでありながらも温かい響きをもたらすと言われています。
「M300」では、この黒檀が美しい光沢を放つように丁寧に研磨されており、一つとして同じものがない木目が所有欲を満します。 - フレーム:
CNC加工アルミニウム合金その黒檀を縁取り、イヤホン全体の骨格を形成するのが、CNC(コンピュータ数値制御)によってミクロン単位で精密に削り出されたアルミニウム合金です。
この金属パーツが、デザイン上のアクセントとなる「鮮やかなゴールドカラー」を纏っています。
ともすれば派手になりがちな「金」ですが、「M300」のゴールドは非常に上品な色合いで、黒檀の「黒」と見事なコントラストを生み出しています。 - ドライバー部(装着面):
金属製による恩恵耳に直接装着する部分は、15.4mmという大口径ドライバーを収めるため、相応の大きさがあります。
しかし、この部分もアルミ合金でスリムに作られています。
もしこれがプラスチック製であれば、強度を保つためにもっと厚みが必要になり、装着感を悪化させていたでしょう。
金属を採用することで「強度」と「スリムさ」を両立し、大口径ドライバー搭載のデメリットを最小限に抑えています。
この妥協のない素材選びと加工精度が、「M300」の「音」に対する期待感を否が応でも高めてくれます。
Sivga 「M300」の音質徹底レビュー – 15.4mmドライバーの実力

デザインの素晴らしさは分かりました。
しかし、どれほど美しくとも、イヤホンである以上、最も重要なのは「音」です。
「M300」に搭載された15.4mmのグラフェンコート・ダイナミックドライバーが、黒檀とアルミのハウジングでどのように響くのか。徹底的に分析します。
全体のサウンドシグネチャー:温かみとクリアさの両立
「M300」の音を最も的確に表すならば、「上質な温かみ」と「抜けの良いクリアさ」の絶妙な共存です。
イントラコンカ型は、構造的にカナル型よりも音がこもりやすく、ぼやけた印象になりがちです。
しかし、「M300」はそうではありません。
- 温かみの源(ウォーム):
これは主に、15.4mmの大口径ドライバーがもたらす豊かな中低域と、黒檀ハウジング特有の「響き」によるものです。
音が単に鳴って消えるのではなく、心地よい余韻を伴って耳を満たします。 - クリアさの源:
こちらは、振動板に採用された「グラフェンコート」が大きく寄与しています。
グラフェンは高剛性かつ軽量な素材であり、音の信号に対する応答速度が非常に速いのが特徴です。
これにより、音がもたついたり、濁ったりするのを防ぎ、音の輪郭を明瞭に描き出します。
この「木材(響き)」と「グラフェン(速さ)」という、一見相反する要素が、Sivgaの巧みなチューニングによって「ウォーム&クリア」という奇跡的なバランスで両立されています。
リラックスして音楽に浸りたい、しかし、楽器のディテールやボーカルの息づかいも失いたくない。
そんな、大人のリスナーが求める贅沢なサウンドシグネチャーと言えるでしょう。
音域別分析:豊かな低域、生々しい中域、滑らかな高域
各音域を、具体的な楽器の描写を交えてさらに詳しく見ていきましょう。
- 低音域 (Low):
イントラコンカ型は構造上、カナル型のような沈み込む重低音や、鼓膜を圧迫するようなアタック感は苦手です。
「M300」もその例外ではありません。
しかし、「M300」の低音は「不足」ではなく「上質」です。
15.4mmの大口径ドライバーのおかげで、量感はイントラコンカ型としては十分に出ており、スカスカな印象は全くありません。
バスドラムのアタックは丸みがありますが、ウッドベースの「胴鳴り」や弦が振動する「ブルン」という感覚は非常にリアル。
過度にブーストされた低音ではなく、あくまで音楽全体を暖かく、豊かに下支えする、弾力のある「土台」としての低音です。 - 中音域 (Mid):
「M300」の真骨頂であり、最も賞賛すべき帯域です。
ボーカル(特に女性ボーカル)や、アコースティック楽器の音には、黒檀ハウジングの温かい響きが乗り、驚くほど生々しく、耳に心地よく響きます。- ボーカル: 歯擦音(サ行の刺さる音)は皆無。息づかいや、声の「湿度感」までもが伝わってくるようです。わずかに前方に定位し、まるで耳元で優しく語りかけられているかのような近さを感じさせます。
- ピアノ: アタックは柔らかいですが、その後の響きが非常に美しい。音が「点」ではなく「面」で広がり、ホールの空気感さえ感じさせます。
- ギター: アコースティックギターの弦の擦れる音、ボディの鳴り。それらが混然一体となり、非常にリラックスできる音色を奏でます。
- 高音域 (High):
「M300」の高音域は、シャープさや煌びやかさ(キラキラ感)を追求するタイプではありません。
むしろ、全体のバランスを崩さないよう、刺激的な成分は巧みに抑えられています。
シンバルやハイハットの音は、金属的な響きを抑えつつも、必要な情報量はしっかりと確保されています。
決して「こもっている」わけではなく、「滑らか」なのです。
音が耳に突き刺さることは一切なく、必要なだけスーッと伸びて、静かに消えていきます。
このチューニングが、「M300」の「聴き疲れのなさ」に直結しています。
音場と解像度:開放感と適度な距離感
音の広がりや細かさについても、「M300」は独特の魅力を持っています。
- 音場:
イントラコンカ型の最大のメリットである「開放感」は、「M300」でも存分に発揮されています。
カナル型のように「頭の中」で音が鳴るのではなく、自分の「顔の周り」に音響空間が広がるイメージです。
左右の広がりは適度ですが、特筆すべきは「奥行き」です。
ボーカルが前に、ドラムが少し後ろに、コーラスがさらにその後ろに…といった、前後関係の描き分けが巧みです。
これにより、音楽が平面的にならず、立体的なアンサンブルとして楽しめます。 - 解像度:
「M300」は、音の細部を虫眼鏡で拡大して見せるような「分析的」な解像度を持つイヤホンではありません。
もしあなたが「録音の粗を探したい」のであれば、他のモニター系イヤホンを選ぶべきです。
しかし、「M300」の解像度は、音楽を「楽しむ」上で必要十分なレベルを遥かに超えています。
グラフェンコート振動板の恩恵により、音が混濁したり、もたついたりすることは一切ありません。
温かい響きの中で、ボーカルの息づかい、弦楽器の微細な振動、パーカッションの質感など、音楽を構成する要素は全て、リラックスしながらもしっかりと聴き取ることができます。
これは「解像度が高い」というよりも「分離が良い」と表現すべきかもしれません。
Sivga 「M300」を使いこなすためのヒント

「M300」は素晴らしいイヤホンですが、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、いくつかの重要な「お作法」が存在します。
特に、スペック表にあった64Ωという数値が鍵を握ります。
DAPやDAC必須か?:64Ωの高インピーダンスと再生環境
結論から言えば、「M300」の真価を発揮させたいのであれば、DAP(デジタルオーディオプレーヤー)やDAC(外付けアンプ)は「ほぼ必須」です。
- インピーダンスとは?:
簡単に言えば「電気抵抗の値」です。
一般的なイヤホンが16Ω〜32Ω程度なのに対し、「M300」の64Ωは非常に高い数値です。 - なぜDAP/DACが必要なのか?:
インピーダンスが高いイヤホンは、駆動するためにより多くの「パワー(駆動力)」を必要とします。
スマートフォンのイヤホンジャックや、安価な変換アダプタは、このパワーが非常に非力です。
【比較】スマホ直挿し vs DAP/DAC接続
- スマホ直挿し:
音が鳴らないわけではありません。しかし、音量が取りにくいだけでなく、全体的に音が「やせ細った」印象になります。低音はスカスカになり、中音域の豊かな響きも失われ、平面的で力のない音になってしまいます。「M300」の魅力の1割も引き出せていないと言って良いでしょう。- DAP/DAC接続:
十分なパワーで駆動された「M300」は、まさに「覚醒」します。スカスカだった低音がしっかりと響き始め、中音域には血が通ったような温かみと厚みが戻り、音場が一気に立体的になります。「M300」のレビューで「音が良い」と言っている人は、間違いなくこちらの環境で聴いています。
「M300」の購入を検討するということは、「再生環境(DAP/DAC)にも投資する」という覚悟を持つことと同義です。
装着感と音質調整:イヤーパッドの役割
「M300」には、ウレタン製のイヤーパッド(スポンジ)が付属しています。
イントラコンカ型において、このイヤーパッドの有無は、音質と装着感に非常に大きな影響を与えます。
付属するのは、一般的な「全面を覆うタイプ」ではなく、音が出る中央部分が大きく開いた「ドーナツ型」です。
これは、Sivgaの音響的な意図が明確に表れています。
- パッド無し(標準状態):
- 音質: 最もスッキリと開放的で、高域の抜け感が良い「素の音」です。「M300」のグラフェン振動板のクリアさが際立ちます。
- 装着感: 耳の形状によっては、金属のハウジングが直接耳に当たり、やや滑りやすく不安定に感じる場合があります。
- パッド有り(付属スポンジ装着):
- 音質: ドーナツ型パッドの意図は、「中高域の音はそのまま通し、耳とイヤホンの隙間を適度に埋めることで、低音域の漏れだけを防ぐ」ことにあります。これにより、低音の量感がわずかに増し、全体のバランスがよりピラミッド型に近づきます。音の角が取れ、さらにまろやかでリラックスできる音色になります。
- 装着感: スポンジの摩擦とクッション性により、装着感が劇的に安定します。
これは優劣ではなく、完全に好みの問題です。
まずはパッド無しで「M300」の「素顔」を楽しみ、次にパッド有りで「安定感とコク」を試す。
この「二度美味しい」のも「M300」の魅力です。
リケーブル不可でも安心?:ケーブルの品質
「M300」はケーブルの交換(リケーブル)ができない一体型モデルです。これを残念に思うマニアもいるかもしれません。
しかし、「M300」に関しては、リケーブル不可であることは必ずしもデメリットではありません。
- リケーブル不可のメリット:
- 設計の最適化: メーカーは、そのイヤホンの音響設計に合わせて、ケーブルも含めたトータルパッケージで音を完成させることができます。
- 耐久性: 交換可能な接点(MMCXや2Pin)は、物理的な故障の原因になりやすいポイントでもあります。一体型はそのリスクがありません。
- 「M300」のケーブル品質:
採用されている「銀メッキ無酸素銅線ケーブル」は、本体のデザインと調和した、適度な太さとしなやかさを備えています。
取り回しは非常に良好で、クセもつきにくいです。
特に素晴らしいのが「プラグ(接続端子)周り」です。
Sivgaのヘッドホン製品にも通じる、非常に堅牢な金属製のパーツで保護されており、断線リスクの高い根本部分ががっちりと守られています。
タッチノイズ(ケーブルが服に擦れる音)もほとんど気になりません。
リケーブルによる音質カスタムの楽しみはありませんが、その代わりに「メーカーが意図した完成形の音」と「長く使える安心感」を手に入れたと考えれば、十分に納得できる仕様です。
私の体験談レビュー – 「M300」と過ごした音楽時間

ここからは、私が実際に「M300」を使用して感じた、より主観的で具体的な体験をお話しします。
ファーストインプレッション:スマホ直挿しとDAPでの違い
前章でも触れましたが、この体験は衝撃的でした。
まず、期待に胸を膨らませ、手持ちのスマートフォン(iPhone + 純正アダプタ)に接続しました。
「……あれ? 音、ちっさ!」。
音量をかなり上げても、どこか平面的で力がなく、正直「これが期待の新人?」と肩透かしを食らいました。
しかし、これは64Ωの仕様から予測できたこと。
気を取り直して、愛用のDAPに接続し直しました。
再生ボタンを押した瞬間、文字通り「空気が変わりました」。
音が、DAPのパワーを得て「覚醒」したのです。
平面的だった音場が一気に立体的に広がり、スカスカだった低音が「ドン」ではなく「フワッ」と、しかし確実に空間を支え始めました。
そして何より、中音域、ボーカルの「温度感」が全く違います。
スマホ直挿しが「冷めた声」だとしたら、DAP接続は「息づかいまで温かい声」でした。
「M300」は、再生環境によって「全く別のイヤホン」になることを、身をもって体験しました。
イヤーパッド(スポンジ)の有無による変化の検証
私は普段、イントラコンカ型はパッド無しで、そのイヤホン本来の音(素の音)を好む傾向にあります。
「M300」も最初はパッド無しで、そのスッキリとした抜けの良さを楽しんでいました。
アルミの筐体が耳に触れる感覚も、ひんやりとして悪くありません。
次に、付属のドーナツ型パッドを装着。
これが想像以上に好印象でした。
まず、装着感が劇的に安定します。歩きながら聴いてもズレる心配がなくなりました。
そして音質。
懸念していた「高域がこもる」感じは、ドーナツ型のおかげで全くありません。
狙い通り、低域の量感がほんの一さじ増え、全体のバランスがより落ち着きました。
音の角が取れて、さらにリラックスできる音色になったと感じます。
私の使い分け
- パッド無し: ピアノソロや弦楽四重奏など、音の抜けとクリアさを楽しみたい時。
- パッド有り: ジャズやポップス、ボーカルものなど、安定した装着感で、少しリッチな響きを楽しみたい時。
相性抜群だった楽曲:女性ボーカルとアコースティック
「M300」の温かく生々しい中音域は、やはりボーカルもの、特にアコースティックな伴奏と相性抜群でした。
その魅力を特に感じられたアーティストや楽曲を紹介します。
- Mili / anNina:
これらのアーティストに共通する、少し湿度感のあるウィスパーボイス。
「M300」で聴くと、その吐息の「成分」までがリアルに伝わってきます。
音が耳に突き刺さらないため、ボーカルの微細な表現に全神経を集中できます。 - 辻林美穂 :
彼女の楽曲に多用される、ピアノとボーカルのシンプルな構成。
「M300」は、この「ピアノの響き」を再生するのが異常なまでに上手いです。
ハンマーが弦を叩いた後の、音が減衰していく「余韻」が、黒檀のハウジングの中で美しく響き渡り、時間を忘れて聴き入ってしまいました。 - Norah Jones :アコースティック・ジャズの定番。
ウッドベースの柔らかな低音、ブラシで叩くドラムの「サーッ」という質感、そしてノラ・ジョーンズの温かいボーカル。
「M300」は、これらの要素を完璧なバランスで描き出し、まるで上質なカフェのスピーカーから流れてくるかのような、心地よい空間を作り出してくれました。
少し不得意に感じた楽曲:スピード感のあるロック
逆に、「M300」が少し不得意と感じたジャンルも正直に記しておきます。
それは、スピード感と音の分離を要求される激しいロックやメタルです。
例えば、ツーバス(バスドラム)が高速で連打されるようなメタル曲。
「M300」の持ち味である「ゆったりとした響き」と「柔らかいアタック」が、ここでは裏目に出ます。
一発一発の音が分離しきれず、やや「もたついた」印象になってしまうのです。
また、ディストーションギターが幾重にも重なるような楽曲では、「M300」の「解像度」では少し物足りなさを感じ、音が団子状に聴こえる瞬間がありました。
「M300」は、迫力や刺激、スピード感を求めるためのイヤホンではありません。
そういった音楽を聴くときは、素直に別の(カナル型などの)イヤホンに切り替えるのが賢明でしょう。
長時間リスニングでの疲労感とリラックス効果
「M300」を使い込んで、私が最も恩恵を感じたのがこの点です。
「M300」は、「長時間リスニング」において、私がこれまで体験したどのイヤホンよりも優れているかもしれません。
その理由は明確です。
- 物理的な快適さ: イントラコンカ型なので、耳の穴(外耳道)への圧迫感がゼロ。
- 音響的な快適さ: 高音域の刺激が一切なく、音全体が滑らかで柔らかい。
就寝前に、照明を落とした自室のベッドで「M300」を装着し、DAPでヒーリング・ミュージックやジャズを流す。これは、まさに「至福」の時間でした。
カナル型のように遮音性が高すぎないため、完全に音楽の世界に没入しつつも、現実世界とのつながりが薄く残る。
この「適度な距離感」が、リラックス効果を最大限に高めてくれます。
音の温かみに包まれて、気づいたらそのまま眠りに落ちていた、ということが何度もありました。
「M300」は、音楽を聴くためのデバイスであると同時に、最高の「癒やし」のツールでもあります。
Sivga 「M300」に関するQ&A

Sivga 「M300」に関して、よく聞かれそうな質問とその回答をまとめました。
スマホ直挿しでも使えますか?
非推奨です。 「M300」は64Ωとインピーダンス(抵抗)が高いため、スマホ直挿しではパワーが足りず、音がスカスカになります。「M300」本来の豊かな音を楽しむには、DAP(音楽プレーヤー)やDAC(外付けアンプ)がほぼ必須です。
iPhoneやAndroidで高音質で聴く方法は?
「スティック型DAC(ダック)」を使いましょう。 スマホの充電端子に接続する、小型のアンプ(DAC)を間に挟むことで、M300をしっかり鳴らすことができます。 【接続例】 [スマホ] → [スティック型DAC] → [M300]
音漏れはしますか?
はい、します。 イントラコンカ型(インナーイヤー型)は耳を塞がない開放型のため、カナル型(耳栓型)と比べて音は漏れやすい構造です。静かな図書館や満員電車での大音量使用には向きません。自宅や自室など、静かな環境でのリスニングに適しています。
付属のイヤーパッド(スポンジ)は使った方がいいですか?
好みによりますが、試す価値は大きいです。 付属の「ドーナツ型」パッドには、以下の効果があります。
- 装着感の向上: すべりにくくなり、耳に安定します。
- 音質の調整: 低音の漏れが減り、量感が少し豊かになります。 パッド無し(スッキリ)と、パッド有り(まろやか・安定)で、好みの音を探してみてください。
ケーブルが交換できない(リケーブル不可)ですが、大丈夫ですか?
はい、プラグ周りが頑丈に作られています。 リケーブルはできませんが、最も断線しやすいプラグ(3.5mm端子)の根本が金属パーツでしっかり保護されています。ケーブル自体もしなやかで、メーカーが音質と耐久性を両立させた設計になっています。
寝ホン(寝ながらイヤホン)として使えますか?
非常に適しています。 耳の穴を圧迫せず、音も刺さらないため、長時間のリスニングや就寝前のBGMに最適です。ただし、本体に厚みがあるため、真横を向いて枕に耳を強く押し付けると痛みが出る可能性はあります。
どんな音楽ジャンルに一番向いていますか?
ボーカル、アコースティック、ジャズ、クラシックなど、音の響きや温かみを楽しむ音楽に最適です。 逆に、スピードの速いロックやEDM(電子音楽)のキレや迫力を求める用途には、音のアタックが柔らかいため、あまり向いていません。
15.4mmドライバーは大きいですが、耳が小さくても装着できますか?
装着感には個人差が大きいです。 ハウジング(本体)はイントラコンカ型としてやや大ぶりです。耳の形や大きさによっては、うまくフィットしない(耳からポロリと落ちやすい)可能性もあります。可能であれば、購入前に試着してみることをお勧めします。
前モデルの「M200」との一番の違いは何ですか?
最大の違いは「デザインと質感(ビルドクオリティ)」です。 「M300」は黒檀(エボニー)と金属(アルミ合金)を贅沢に使い、見た目の高級感が劇的に向上しました。音質面では、「M200」の持っていたポテンシャルを継承しつつ、より洗練させ、Sivgaらしい温かみのある響きを明確にしたチューニングになっています。
ケーブルのタッチノイズ(服と擦れる音)は気になりますか?
ほとんど気になりません。 ケーブルは適度な太さとしなやかさがあり、タッチノイズは非常によく抑えられています。耳かけ(シュア掛け)しなくても、歩きながらの使用でノイズが気になることは少ないでしょう。
ケーブルを耳にかける「シュア掛け」はできますか?
はい、可能です。 ケーブルには耳用のガイド(針金や癖)は付いていませんが、ケーブル自体がしなやかなため、耳の上に回して装着することもできます。装着感が不安定だと感じる場合、タッチノイズをさらに減らしたい場合に有効な装着方法です。
カナル型イヤホンと比べて、一番優れている点は何ですか?
「圧倒的な聴き疲れのなさ」と「自然な音の広がり(音場)」です。 耳の穴を密閉しないため、物理的な圧迫感が一切ありません。また、音が鼓膜に直接刺さらず、耳の中で自然に響くため、長時間のリスニングでも疲れにくいのが最大の強みです。
ハイレゾ音源(高音質音源)で聴く意味はありますか?
はい、非常にあります。 M300は再生周波数帯域が40kHzまで対応しており、ハイレゾ基準を満たしています。解像度を追求するタイプではありませんが、ハイレゾ音源が持つ「空気感」や「豊かな情報量」を、M300の温かい響きで表現するのが得意です。ぜひ良い音源と良い再生環境(DAP/DAC)で聴いてみてください。
Sivga 「M300」レビューのまとめと総合評価

さて、Sivga 「M300」を長々とレビューしてきましたが、最後にこのイヤホンの評価を総括します。
Sivga 「M300」の総評:「癒やし」のリスニング体験
Sivga 「M300」は、現代のオーディオ市場において、非常にユニークで貴重な立ち位置を持つイヤホンです。
高解像度、スピード、重低音といった、昨今の「スペック競争」とは完全に一線を画し、「いかに心地よく、リラックスして音楽に浸れるか」という「情緒的」な価値観を追求しています。
美しい工芸品のようなデザインを愛でる喜び。
黒檀ハウジングがもたらす、他には代えがたい温かい響き。
耳を一切疲れさせない、自然で開放的な音場。
これら全てが、「癒やし」という一つの目的に向かって完璧に調和しています。
これは、音楽を「分析」するためではなく、音楽に「包まれる」ためのイヤホンです。
「M300」の長所と短所
「M300」の評価を、その強みと、購入前に知っておくべき注意点として、表に明確にまとめます。
| 項目 | 詳細評価 |
| 長所 (Pros) ⭕️ | |
| 圧倒的なデザイン | 黒檀(エボニー)とCNC加工アルミ(ゴールド)の組み合わせは、もはや工芸品レベル。所有欲を強烈に満たす。 |
| 温かく生々しい中音域 | ボーカルやアコースティック楽器の再生能力は特筆もの。湿度感や温度感まで伝わる「癒やしの音」。 |
| 聴き疲れのなさ | イントラコンカ型の開放的な装着感と、一切刺さらない滑らかな高音域により、長時間のリスニングが全く苦にならない。 |
| 自然な音場 | 頭内定位せず、自分の周囲に広がる自然な音場。特に奥行きの表現が巧み。 |
| 付属品の配慮 | 堅牢なプラグ部、質感の良いケーブル、音質調整も兼ねるドーナツ型イヤーパッドなど、細部まで配慮が行き届いている。 |
| 短所 (Cons) ⚠️ | |
| 再生環境を選ぶ | 最重要。 64Ωの高インピーダンスのため、スマホ直挿しでは真価の1割も発揮できない。DAP/DACがほぼ必須。 |
| ジャンルの向き不向き | スピードの速いロック、メタル、EDMなど、キレや迫力を求める音楽には明確に不向き。 |
| 重低音の不足 | カナル型と比較した場合、沈み込むような重低音やアタック感は望めない。イントラコンカ型としては十分だが、過度な期待は禁物。 |
| リケーブル不可 | メーカーの意図した音の完成形ではあるが、ケーブル交換による音質カスタムや、断線時の交換ができない点はデメリット。 |
| 遮音性は皆無 | イントラコンカ型の宿命。電車内や騒がしい場所での使用には全く適さない。(静かな場所での使用が前提) |
このイヤホンを強く推奨する人
- 「静かな環境」で「リラックス」して音楽を聴きたい人(例:就寝前、読書中、週末の朝、書斎での作業中など)
- カナル型(耳栓型)の圧迫感や閉塞感が苦手な人
- ボーカルやアコースティック楽器の「温かみ」「響き」「生々しさ」を最重視する人
- イヤホンにも、所有欲を満たす「工芸品的な美しさ」や「質感」を求める人
- すでにDAPやDACといった、パワーのある再生環境を整えている(または、これから整える覚悟がある)人
他の選択肢を検討すべき人
- スマートフォン直挿しで、手軽に良い音を楽しみたい人(→低インピーダンスで鳴らしやすいカナル型を探すべき)
- 通勤・通学など、騒がしい屋外での使用がメインの人(→遮音性の高いカナル型や、ノイズキャンセリング機能付きを選ぶべき)
- ロック、メタル、EDMを、キレと迫力重視で聴きたい人(→M300の特性とは真逆です)
- 音の細部まで分析的に聴き取りたい(モニターしたい)人(→より解像度の高いモニター系イヤホンを選ぶべき)
Sivga 「M300」レビューの総括
Sivga 「M300」は、現代のオーディオ市場において、スペック競争とは一線を画す、非常にユニークで貴重な存在です。こ
れは、音の解像度やスピードを追い求めるのではなく、「いかに心地よく音楽に浸れるか」という「情緒的な価値」を最優先に設計されたイヤホンです。
息をのむほど美しい黒檀と金属の工芸品のようなデザインは、まず目で、そして手で触れることで所有する喜びを満たしてくれます。
そして、そのハウジングが奏でるサウンドは、グラフェンコート振動板のクリアさを保ちつつも、木材ならではの温かみに満ち溢れています。
特にボーカルやアコースティック楽器の生々しい響きは、イントラコンカ型特有の圧迫感のない自然な音場と相まって、何時間でも聴いていたくなるほどの「癒やし」を提供してくれます。
ただし、この「M300」の真価を体験するには「お作法」が必要です。
64Ωという高インピーダンス仕様は、スマートフォン直挿しではその魅力の1割も引き出せず、その温かい響きを覚醒させるためにはDAPやDACといった駆動力を備えた再生環境がほぼ不可欠です。
また、開放型ゆえに遮音性は皆無であり、スピード感のある激しい音楽ジャンルには向きません。
「M300」は、静かな自室で、照明を落とし、お気に入りの音楽と一対一で向き合う時間を「味わう」ためのイヤホンです。
もしあなたが、そのための「ひと手間」を惜しまず、このイヤホンが提供する「温もり」と「癒やし」の価値を理解できるなら、「M300」はあなたのリスニングライフを、間違いなく豊かにしてくれる長く付き合えるパートナーとなるでしょう。


